笑顔の実り。 vol.93(2021年11月号)
すぎた かつひこさん|62歳
富田林市甲田地区 杉田 勝彦さん
地域とのふれあいで恩返しをしたい
農業を始めたきっかけについてお聞かせください。
今から30年前、主に米と茄子の専業農家だった父が急に亡くなり、当時サラリーマンだった私が突然圃場を管理することとなりました。当時の私は、父から農業に関する具体的な知識・技術を教えてもらっておらず、農機具は揃っていても使い方が分からず、何をすればいいのかも分からないままで不安がいっぱいでした。親類・知人から水田への水の引き込み方、季節ごとの水の管理など多岐にわたる事を教えてもらいましたが、サラリーマンと農業の両立は難しく、茄子などの野菜作りは困難で水稲のみの栽培を余儀なくされました。その後、サラリーマンを辞め、農業一本に専念し、約10年前から野菜作りにも挑戦し始めました。
農業をしていて嬉しかったことはなんですか。
野菜作りのキッカケとなったのが、同じ地域で野菜作りに心血を注いでいた私よりも若い専業農家の方でした。その方に地元の神社朝市への出荷を勧められ、「買ってくれる人の顔が見えますし、意見をいただけるのは作り手として励みになりますよ」という言葉が後押しとなり、野菜を作るようになりました。朝市に買いに来てくれる人から「杉田さんが作る野菜は味が濃くて美味しい!」などの声をかけてもらった時には、自分が苦労して作った野菜を褒められて、自分も褒められたようで、逆に感謝の気持ちで胸が熱くなりました。現在は農産物直売所「あすかてくるで」へも出荷していて、売れた時には「あの大きな売場から私が作った野菜が選ばれた…!」ととても嬉しく思いました。さらに地元の飲食店から杉田くんの作った野菜ならと規格外の野菜まで買ってもらっています。
地域農業に対する思いをお聞かせください。
まさしく私の「農の師」は父母ではなく、「地域の皆様」です。今も、周りから教わった基本的なことを大切にしており、収穫が確実に迎えられるよう、耕作日記で記録管理をし、JAの営農指導職員からの情報提供も活用しています。
また、3年前から近くの幼稚園のサツマイモ掘りや園庭内での水稲栽培に携わっていますが、今年からは私の母校である川西小学校の児童の食農教育の一環として稲作体験にも携わることとなりました。田んぼに入ることが初めての児童がほとんどで、田んぼに裸足で入ると「キャー」という歓声が上がりました。最初は泥に戸惑ったように見えた児童たちがどんどん慣れていく姿に、初々しさと頼もしさの両方を感じ、自分の就農の時の姿と重なり懐かしさを覚えました。
田植え後に、川西小学校を訪れた時や圃場で作業をしている時、児童から「杉田さん!」「おっちゃん!」など声を掛けてくれるようになりました。1度会っただけの私の事を覚えていてくれていたことに感動しました。稲刈り体験の時には、児童たちが自ら鎌で刈り取り、稲を天日干しする「だてかけ」を行いました。はじめは楽しそうに刈っていた児童たちも、強い日差しと作業の大変さに悪戦苦闘。お米が出来るまでの大変さ・食のありがたさを感じることで、「食べること」への感謝の心が生まれてくるのだと思うのです。この体験が児童たちの思い出の一片に残ってくれていたらとても嬉しいです。児童が書いた作文も読ませてもらいました。そこにはたくさんの「ありがとう」という言葉があり、自分の母校の児童から感謝の言葉を言われた時に、地域への恩返しがほんの少しだけ出来たのではないかと感じました。
これからの目標をお聞かせください。
私の畑や田のある富田林市甲田地区も、都市化が急激に進んでいます。農地の転用や従事者の減少、高齢化……。「農業維持・継続」が困難になっているからこそ、感謝の気持ちを忘れず、初心を忘れず、背伸びせず、自分の行いで出来る「農業で地元への恩返し」を続けていきたいです。諦めずに目標に向かって取り組んでいきます。