食と農のこと食と農のこと

笑顔の実り。 vol.92(2021年10月号)
た なか り ゅ うじさん|42歳
河内長野市 天野町地区 田中 隆二さん

農業を持続できる事業へ

農業を始めたきっかけをお聞かせください。

父が約50年前にブドウ栽培を始めたそうで、私が生まれたときには家業がブドウ農家でした。高校卒業後は農業大学校へ入学しました。幼い頃から父が苦労しているのを見ており、土日も休みなく、朝から深夜までの作業をしなくても成立する農業を自分でやってみたいという思いが農業大学へ行ってから出てきました。  私は元々海外に興味があり、22~23歳の頃ワーキングホリデーでニュージーランドに行きました。ニュージーランドには半年ほど滞在しており、その間はワイナリーでワイン用ブドウの剪定などの仕事をしていました。ニュージーランドで出会った人々は楽しそうに農業をしていて、失敗を恐れてしまう日本人とは違う人生の捉え方をしていました。自分のやりたいことを何でも楽しんでチャレンジしてみる人が多く、若かった私は衝撃を受けました。この経験は大きく私の人生観を変えました。

農業をしていて大変だったことはありますか。

父からブドウ園を継ぎ、圃場を広げていくうちに、家族だけで続けていくのは難しいと感じるようになりました。父が苦労して守ってきたブドウ園を自分ができないからと規模縮小することは出来ないと思い、日本に帰ってきて5年はなんとか家族経営で乗り越えました。そこからは常時雇用の従業 員さんに来てもらっていましたが、その方が独立し、次の方を募集するときに、福利厚生のあるきちんとした組織にしたいと考え、2013年に法人化しました。人を雇っていくなら、利益を上げて継続できる農家にならないといけないので出荷先や販売方法を見直し、委託販売・自家直売を強化しました。ちょうどその頃「あすかてくるで」河内長野店もオープンし、同じ出荷量でも少しでも売り上げを上げようと試みました。また、母がリウマチになりあちこち痛くて畑に行けない、となったときに家で出来るものを!と加工品づくりを始めました。雨が降って来て外での作業ができなくなった時の従業員の仕事にもなりますし、ブドウの収穫期以外の収入確保にもなります。しかし加工品の開発は一筋縄ではいかず、試行錯誤しながら現在の商品が出来上がりました。

これからの目標をお聞かせください。

人生を変えてくれたニュージーランドに田中ぶどう園のもうひとつの圃場を作ることが目標です。ニュージーランドはブドウ生産にとても適した気候であるにもかかわらず、テーブルグレープ(生のブドウを食べる文化)が一般的ではなく、ほとんどがワイン用に生産されています。そんなニュージーランドでおいしいブドウを食べてもらい、テーブルグレープをもっと広めたいです。また、ブドウの栽培は世界的に“垣根栽培”が主流ですが、日本では“棚栽培”が一般的です。ニュージーランドでもこの棚栽培方式の圃場を作ることで、日本にいれば年に1度しか経験できない作業を、季節が逆のニュージーランドに行くことで年に2度経験することができます。そうすることで新規就農者が早く経験を積むことができるようになるのではないかと考え、田中ぶどう園でもこのプログラムの実現を目指しています。そうすることで新規就農者育成期間の短縮化に繋がると考えています。コロナ禍となり計画は一時中断していますが、ニュージーランドで出会った人々から学んだ「失敗を恐れていたら何もできない」という気持ちを胸に、諦めずに目標に向かって取り組んでいきます。
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