笑顔の実り。 vol.89(2021年7月号)
おおたに のりおさん|65歳
羽曳野市樫山地区 大谷 憲央さん
自然と共存しながら作物を育てる
農業を始めたお聞かせください。
父はホウレンソウ、キクナなどの葉物野菜を栽培する専業農家でした。家業として父の手伝いはしていましたが、私は後を継ぐことなく小学校の教員として働き始めました。平日は教員として働き、休日はトラクターや田植え機に乗って父の作業を手伝う日々でした。自分主体で農業をやり始めたのは7年前ごろで、仕事の合間に少しずつ『あすかてくるで』に出荷し始めました。
農業をしていて大変だったことは何ですか?
父は農業のやり方を全く教えてくれず、私がやっている作業は何のためにやる作業なのかが分からず楽しくなかったことを覚えています。当時はどちらかというと農業はあまり好きでなく、自分でやりたいとは思いませんでした。父は〝野菜を作る〞職人で、販売のことはあまり興味がなく、〝農業〞の〝農〞の部分だけをやる人でした。私は農業は利益が出て成り立つものと考えており、販売に興味があったので出荷を担当していました。ある時全く同じものを父は市場へ、私は『あすかてくるで』に出荷したところ、値段が10倍以上も差がついたことがあり、こんなにも値段が違うのかと驚きました。父の時代は良いモノを作るだけでよかったのかもしれませんが、今は販売先も値段も自分で決めることができ、選択肢の多い時代になっているのだなと改めて感じました。市場と直売所どちらも利点が異なりますが、自分で値段を決められて、この野菜をこれだけ持っていけばこれだけ売れる……といったことを自分で考えるので私には直売所のほうが合っていると感じ、そこからは『あすかてくるで』1本で出荷しています。
農業に対する思いをお聞かせください。
農業を始めてからは、小さい頃から面倒を見てもらっていた叔父に農業を教えてもらいました。父とはタイプが違う人で、肥料・農薬やクワの使い方といった初歩的なことから、専門的なことまで世話を焼いてもらっていて「これ植えときや!」と苗をくれたり、その苗の様子を「ちゃんとやっとるか〜?」と見に来てくれたりしています。この春もキヌサヤエンドウとスナップエンドウをもらい、栽培にチャレンジしました。
農業をしていて嬉しかったことは何ですか?
父が他界してからは、叔父に勧められた野菜以外に進んで新しいものに挑戦することが無かった私ですが、今年、種の販売コーナーでコマツナが目に入り「試しにやってみようかな」と、思い切って種を購入し、自ら新たな作物に挑戦しました。結果は、自分では思ってもみなかったほど上手くでき、とても嬉しかったです。「こんなに上手に育つんや!」と自分でびっくりしました。今まで作物を手間暇かけて作っても失敗することもあり、自然を相手にするのは大変なことだなと、父や叔父の苦労をヒシヒシと感じていました。 作ろうと挑戦したものが、予期していたより出来が良かった、努力が結果に現れない事もありますが、それも全部含めて農業の魅力ですね。 また、大阪市内で小学校の教員をしていたときに田植え体験の授業をすることがあり、その時に自分の経験を話したこともありました。児童が自分の話を聞いて農業に興味を持ち質問してくれたときは嬉しかったです。専業農家の息子として実体験を交えて答えを返してあげられることは私の強みでした。今にして思えば、教職の仕事も農業も通じるところがあり、子供も自然のように様々な反応を示してくれ、自分が予期していないような出来事があったことを思い出します。
これからの目標をお聞かせください。
これからも旬の美味しい野菜を作って『あすかてくるで』に出荷をしていきたいと思っています。今育てているものがもっとうまく育てられるようになれば、余裕もできてくるかと思うので、新しい野菜にも挑戦したいです。丹比地区の中でも樫山は特に農地、農業者ともに減っていると感じています。農地を手放す人がいて、宅地になっているのが現状です。これからもその傾向は続くと思われますが、私は現状維持で身体に無理のないようにこれからも農業を続けていきたいです。