食と農のこと食と農のこと

笑顔の実り。 vol.87(2021年5月号)
すぎもと ひろかずさん|84歳
大阪狭山市東池尻地区 杉本 廣和さん

農業の楽しみと家族への感謝

農業を始めたきっかけについてお聞かせください。

私は戦時中の生まれで、幼い頃に戦争で父親を亡くしました。当時は祖母、母、私、妹の4人暮らしで、父を失ってから私が家長としてなんとか家族を守っていかなければという強い思いがありました。当時は食べ物に困っていて、受け継いだ圃場で何とか家族を守りたいと中学時代から親戚の人に手伝ってもらいながら百姓一筋でやってきました。農業は、近所の人や親戚に教えてもらい、そんな周りの助けもあって圃場を今まで守って来られました。今は狭山でナスを育てている人は少なくなりましたが、当時は隣の東野地区を中心にナスの栽培が盛んで、私も栽培を行っていました。近年は年齢的に手入れが厳しくなり自宅で食べる分以外は断念しましたが、30歳代の頃からハウス栽培もしていて50年ほどナスの栽培をしていました。

農業をしていて大変だったことは何ですがか。

農業をすることがつらいとは思わなかったですが、家長としての責任がありました。また、当時14歳前後で力もそれほど強くなく、機械無しで重たいものを運んだり、昔ながらの脱穀機を使用したりと肉体的にはかなりしんどかったことを覚えています。当時は農耕牛を家で飼っており、牛の世話もなかなか大変でした。田植え作業は最も大変だったことのひとつで、すべて手植え作業だったのでかなりの重労働でした。田植え機が出たときは地域で一番に買いました。当時は全く馴染みのないものだったので周りの人たちから「こんなんで米できるかい!」と言われたこともありましたが、今では米作りには欠かせないものとなっていますし、良い時代になったなと感じます。今は重たいものは車で運搬でき、耕すのも機械化されているので、当時を思うとありがたみをひしひしと感じます。

農業に対する思いをお聞かせ下さい。

若い時は家族を養わないといけないという思いがあったので必死にやってきましたが、今になって農業の楽しみを見出しています。農繁期には娘たち家族が手伝いに来てくれたり、妻も一緒に作業をしてくれたりと家族のありがたみを感じます。結婚してからも今までずっと忙しく農業をしてきたので、50年以上隣で支えてくれている妻には「ようついてきてくれたなぁ」と感謝の気持ちでいっぱいです。

これからの目標をお聞かせください。

 東池尻地区では、JA大阪南女性会東池尻班によって毎週土曜日に野菜直売朝市が開かれています。この野菜直売朝市は地区内の買い物が困難な方のために、地元で作られた新鮮野菜を安く提供したいとスタートされたもので昨年5周年を迎えました。妻が女性会に入っており、私も開始当初から野菜を出荷しています。朝市に出荷する野菜は、家で消費しきれないものを販売するのではなく、どんなものが喜んでもらえるのか需要を考えながら朝市のために生産しています。地域の方が喜んで買いにきてくれている姿を見ると本当に嬉しく思います。畑で作業をしているときに「杉本さんの野菜美味しかったよ!」と言いに来てくれる方もいてやりがいを感じますね。これからも地域の方の喜んでくれる顔を励みに、健康に気を付けながら無理をせず、栄養満点の美味しい野菜作りを続けていきたいです。
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